隊員の皆さんからのご感想&ご意見編・パートⅣ
救援隊の20周年を記念して寄せていただいている隊員の皆さんからのご感想&ご意見掲載編の第4弾は、救援隊の設立当初から事務局長のサポート役(?)として救援隊活動を支えてきてくれておりました、レディーババこと中川真理子さんからとなっております
日頃のおしゃべりと同様に少々長いメッセージとなっておりますので、単独掲載とさせていただきますね~!(^O^)
事務局長 中川 睦雄
窮地を救ってくれたオンちゃん達に感謝
後10年は頑張りますよ~!(笑)

「高知の森を愛して20年」
テレビ高知のECO応援団のタイトルが目に入った瞬間、感動でした!
流石プロの三宅ディレクター!
勿論、TVの構成内容も素晴らしく“私たちってこんな凄いことやってきたのね”と改めて気づかされることとなりました
また、高知新聞の八田記者も・・・
予想以上に大きな紙面で取り上げてくれた上に、端的な文章の紹介記事には感動させられました

さて、思い起こせば2005年1月
10数名のメンバーでこうち森林救援隊を立ち上げた事務局長
勿論、私も隊員名簿にありました
あの時の私は50才、若かったわ~!?!
そう、現在私は古希を迎えて70才となってしまいました

時の経つのは早いもので、本当にいろいろありました・・・
梅ノ木公民館での宴会や雑魚寝に、ボランティア祭り、地元の方達との神祭やピザづくりと・・・
しかし、何と言っても一番の思い出はTOTOさんとの出会いでしょうか

こんな笑い話もあります
TOTO助成金の審査で廣塚謙良さん達が初来高された時のこと
高知空港で出迎えたのは、田鍋隊長と事務局長のお二人でしたが・・・
その姿は二人とも黒のサングラスに山着姿という、ひと目でヤバイ風貌
廣塚さんは一瞬“この人たちには関わってはいけない”と、その背後に回り込んでの事務局長への到着の電話連絡でした
すると、その目の前のヤバイオンちゃんが「ハ~イ!」と応えたとか・・・😓
後で大笑いとなった初対面の出来事でした

しかし、その後もハプニングは続きます
困惑する廣塚さんと大阪から来高した審査員の中村英里子さんは、そのまま拉致されるかのように作業現場となる山中へ・・・
その途中では、狭い車中へ川村貞夫(当時高知市議)さんまでが乗り込んできて、後部座席で挟まれてしまった英里子ちゃんは身の置き場にも困ってしまう始末

止めは、私が届けた昼食のお弁当
ゴージャスな唐揚げ弁当での「おもてなし」のつもりでしたが・・・
実は、廣塚さんは唐揚げが大の苦手!
同じく鶏の苦手な田鍋隊長の「誰じゃ~鶏を買ってきた奴は~!」の悲鳴のような大声に、後から知らされた話でしたが「同じ思いの仲間がいる~!」と共感された一幕だったそうでした・・・😓
こんな「おもてなし」が功を奏したのかどうかは分かりませんが、後日大きなご支援を受けられることとなり、長いお付き合いの始まりともなりました

小倉のTOTO本社には何度訪問したことでしょうか
また、廣塚さんも「海外旅行」と称して何度来高してくれたことか、覚えきれないこととなりました
ただ、悲しいことに・・・
この間、幾度となく廣塚さんとともに来高してくれていた英里子さんが、若くしてこの世を去ってしまったこと
悲しい思い出として、いつまでも忘れることはできません

今、こうして20年を振り返りますと・・・
私にとって救援隊の存在はピンチでもありチャンスでもありました
活動の過程では、夫の胃癌の発病や私のうつ病もありました
あの苦しい想いから抜け出せたのは、実はオンちゃん部隊への参加がキッカケでした
長く活動に参加できなかった内に、昔のメンバーから見知らぬオンちゃん達に様変わりしており、多少の戸惑もありましたが・・・あれから3年
今では、かけがえのないオンちゃん達となっております

何より、事務局長のボランティア活動への想いがホンの少し見えてきた気がいたします
夫婦で活動する際には、良いことばかりでなく嫌な面や見たくないこともあるなど、メリットもデメリットもあるとも知りました
しかし、それ以上にオンちゃん達の思いやりが嬉しかった・・・
山への想いを抱き、大切な仲間ととともに後10年はこの活動を続けていきたい
もう少し貴方のことも大切にせんといかんとも思っていますよ
ありがとう
仲間って、本当に素晴らしいですね~!
中川 真理子 (高知銀行ОB)
冒頭にも申しましたとおり、おしゃべりと同様に長~い感想文となっております関係上、本号でのご紹介はレディーババさまお一人の掲載とさせていただきました
隊員からのメッセージはまだまだ寄せられてきておりますので、順次ご紹介させていただきますね
さて、次号ではどなたが登場してくれるのでしょうか・・・?
お楽しみに~!!!(^O^)